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泳法・泳術

〔自己を理解する法と術〕
1,(自在なる慈悲の泳法・泳術)
西へ垂直に泳ぐことで難を脱し、あなたと共に岸に着いた私は、自己中心の泳法と泳術が、いかに危険であるかを目の当たりに、深く感じます。
私たちは法と術を知らないのです。

今、私は、あなたと共に、知らないという深い、深い感受を、いっしょに感じているでしょうか?
それとも、単なる言葉とイメージなのでしょうか?

私とあなたは、法と術を知らないから、方法と技術にすがりつき執着しています。
これが、自己中心の泳法・泳術です。
この社会機構の方法と技術です。

そこで水を飲むことは渇望です。
死のプロセスですと、言われたのです。
方法と技術によって自らが条件付けられた精神です。

「これを私たちは自分自身に尋ねることができます。」

おぼれそうなとき、動揺したとき、「どうすればいいだろう」と言う精神です。
この精神こそ、人心を機械化する重さではないですか?
おぼれゆく、命のもがきです。

この生命の悲しみを目の当たりにし、法と術を捨て去ります。
この悲しみにより心は空にされます。
この大いなる流れに飛び込むのです。
そのとき、始めの垂直なる泳法は自在に変化します。

慈悲の泳法であり、法と術を捨て去ることで、生きとし生きるものに、自己中心泳法のありのままを鏡の作用として、映し出すことでしょう。

そのとき、私とあなたは姿を消すのです。
おぼれゆく命が、自分自身を、自ら発見するために。
これは命の泳法です。