いのちの物語 《宇宙の対話》みんなの家づくりにおいて

いのちの物語 《宇宙の対話》

 

『音』が話しかけ「響き」が答える宇宙での対話をお聞きください。

(『 』が音「 」が響きです)

 

『いのちの起源ってなに?』

「宇宙の誤差」(ビッグバーンと響き渡る)

『うわ~、すごい。どこにあるの?』

「君の中心」

『エー、そうなのか。』

「君自身を理解することがすべての始まりを開く」

『いのちの始まりは誤差なのか。

あー、だから殺し合うのか。

だから、戦争を繰り返しているのか。』

「いのちは誤作動している」

 『あー、そういうことか。

救われるだろうか。』

「誤差を発見せよ」

『どうすりゃいい?』

「分けるな」

『エー』

「わかりもしないものを分けるな」

『そうか、生と死を分けている。

わかりもしないのに分けている。

恐ろしいことだ。

いのちを知らずに死を恐れ、生に怯えている。』

「いのちは宇宙で宇宙はいのちだ、分けるな」

『いのちの中心は分けるときに生まれるのか?

宇宙といのち、生と死を、分けるときか?』

「おまえとすべての関係。

おまえと世界の関係。

おまえと宇宙の関係。

おまえはその中心だ。」

『分けないなら、おれはなくなるじゃないか』

「それが恐怖の中心、いのちの中心」

『オー、誤差だということか』

「あやまちの中心、罪の中心、いのちの重さだ」

『おれは誤差である自分自身が消えてなくなるのを、、』

「恐れているんだ」

『これが恐怖の中心か?』

「響きわたらせよ」

『オー、いのちが目覚めるのか』

「ことばたちに聞かせよ」

『ことばたちが目覚めるには』

「ことばを消し去り、音を聞かせ、響きわたらせよ」

『いのちは恐怖から目覚め』

「自由と光を歩ませる」

『オー』

「立ちあがれ、見よ、一歩ふみだせ」

『オー』

「ことばたちを静め、宇宙の音を聞かせよ」

『オー』

「宇宙の響きを、その手で感じよ、生きはじめよ」

 

日曜学校7月8日は自分自身を自由にする能力の種である囚人ゲームのルールブックを作り始めました。

(これはルールブックで出しの物語です)

参加者は二名。

子ども食堂7月10日は参加者多数で数えていませんが役30名。

気になっていた、母子家庭の子どもが来てくれたのでうれしく思いました。

 

 

みなみ子どもの家づくり 6月19日 子ども食堂と日曜学校の報告 

みなみ子どもの家づくり 

6月19日 子ども食堂と日曜学校の報告

 

この事業では現在、子ども食堂と日曜学校を行っております。

 

本日(毎週火曜日)の子ども食堂も、多くの子どもたちでにぎわいましたが、親が自分の子どもを怒る姿が「ありのまま」現れた子ども食堂でした。

 

詳しい内容を話せないのは残念ですが、

分かち合いたいことが、たくさんあります。

そして、一人の高校生が進学か就職かに、迷いながら来てくれていました。

 

今日は、親とも、その高校生とも、じっくりと話し合えませんでした。

 

みなみ子どもの家づくり

内藤

みなみ子どもの家づくり 「かけがえのないもの」

みなみ子どもの家づくり 

6月5日 子ども食堂と日曜学校の報告

 

この事業では現在、子ども食堂と日曜学校を行っております。

 

昨日(毎週火曜日)の子ども食堂も、多くの子どもたちでにぎわいました。

恒例の心の食事は、前回に引き続き、

「かけがえないもの」を分かち合いました。

 

かけがえのない命が、

「かわりはいくらでもいますよ」

と言われるのは、

いったいなぜか?

私たちはどう考えるだろうか?

これを食してみるわけです。

 

「かけがえのないもの」という言葉を、

私たちは知っています。

聞いたことがあるし、

自分でも気づかずに使っているでしょう。

「かけがえない命です」

聞いたことがあるでしょう。

 

なんの命でしょう?

豚肉の命、鶏肉の命、又は魚の肉の命でしょうか?

 

すると突然、

小学校2年の男の子により、

物語が始まります。

「ミーちゃんが死んだん。大事にしてかわいがっていた子猫。僕には、かけがえのない子猫やったんや。」

「そやね、確かにかけがえない命やね。

君の大事な子猫のお葬式は、もう終わったか?」

「えー、そんなんできんの?」

「今から、私たちで、ミーちゃんのお葬式、いっしょにしてあげよか?」

「(こっくりとうなずく)」

「今から、かけがえのない命を開くため、お葬式を始めます。」

「はい。」

「これは、この世でたった一度だけのもので、繰り返すことはできません。なぜか解りますね。」

「かけがえがないからです。」

「これは儀式とは違っていて、やり方などはありませんし、誰かに頼ってはできません。お釈迦様やキリスト様にもかけがえを頼むこと、かわりを頼むことはできないし、そのお弟子さんたちであるお坊さんや神父さんにも頼れません。」

「うちらの、お葬式は神父さんがしてくれます。」

「そうですか?神父さんはお葬式のかわりをしていませんか。お坊さんがお釈迦さんでないように、神父さんはキリスト様ではありません。そうですね。」

「・・・」

「神父や、坊主は、死んだその人に出会ったことさえないやろ。だから、かけがえのお葬式をするのです。

私たちがやるのは、かけがえのない命を開くこと。かけがえのないお葬式。わかるか?」

「うん。」

「それは、君と、えーっと、名前なんやったっけ。」

「ルイ」

「ルイ君とミーちゃんとでやるんや。」

「先生は助けてくれはらへんの?」

「私は知らんやろ、ミーちゃんのこと。餌をあげたことも、だっこしたことも、遊んだこともあらへんやろ。知っている命やないとかけがえになってしまうんや。」

「何となくわかるけど、、、。」

「ハッキリと見えへんのやね?」

「うん。」

「眼をつむってごらん。」

 

「ミーちゃんが見えるか?」

「ちょっと待って」

「静かに見まもっとくから。

みんなも静かにルイ君を見まもって欲しい。ルイ君のなかでミーちゃんがよみがえるのを、みんなで待っとくから。

ルイ君、ルイ君のなかでミーちゃんがよみがえったら、ミーちゃんがいなくなるまで眼を開けてはいけないよ。わかった。」

「うん」

 

5分ほど経ちました。

ルイ君が目を開けると、

「ミーちゃんが、いってしもた」

 

「ルイ君。それが、お葬式なんや」

「もう、合えへんの?」

「お葬式を終わりにして、ルイ君とミーちゃんの新しい命、かけがえのない命を開くことができる人は、この世の中で一人しかいないのや」

「だれ?だれなん?」

 

「ルイ君や。

自分でも解るやろ、

これできるの、自分しかいないこと。

わかるやろ、ルイ君。」

「うん。」

「かけがえのない命、

これを開くのは君自身や。

これを開かないかぎり、私の命は、かけがえの命、見せかけの命、形だけの命、ウソの命や。

かけがえられてしまう命を終わりにすれば、

かけがえのない命が開きはじめる。」

 

「お父さんとお母さん方、

これは自分自身とイメージとが、

どのように関係しているかを見なければならず、

これこそは、お父さんとお母さんと子どもとでいっしょにやらねばなりません。

見るときには、瞬時にイメージしてるからです。

イメージそのものが、

いったい何であるのかを知るには、

イメージを媒介しないで、イメージを見なければなりません。

私たちは、イメージなしに見れますか?

 

どうか、この事実を、子どもと分かち合って欲しいです。

そして、問題が発生すれば、

対話する学校、

ありのままを生きる学校、

学校をつくっていく学校、

日曜学校に来てください。

みんなでつくっていきましょう」

 

みなみ子どもの家づくり

内藤

 

みなみ子どもの家づくり 5月30日 子ども食堂と日曜学校の報告

みなみ子どもの家づくり 

5月30日 子ども食堂と日曜学校の報告

 

この事業では現在、子ども食堂と日曜学校を行っております。

 

昨日(毎週火曜日)の子ども食堂も、多くの子どもたちでにぎわいました。

恒例の心の食事は「かけがえないもの」でした。

 

かけがえのない命が、

「かわりはいくらでもいますよ」

と言われるのは、

いったいなぜか?

君たちはどう考えるだろうか?

これを食してみました。

お味はいかがでしたでしょうか?

 

もうひとつ、

日曜学校は対話する学校です。

ありのままを生きて

学校をつくる学校です。

 

私たちを自由にし、

苦しみが悲しみに至るプロセスを理解し、

計られた世界、この監獄の鉄格子が、

何でできていて、どんな作用を持つのか、

このしくみを明確にする学校です。

 

今度の日曜日に時間があれば、

この鉄格子の一つである「再現性」について

分かち合おうと思います。

 

今朝、私は「再現性」の中にあって

再現性を生きていました。

そこで、

この私の再現は何でしょうか?

ビデオや、映画は再現できます。

囲碁や将棋は再現することで勝敗原因を究明でき、学び、強くなっていきます。

苦しみ、痛み、憎しみの再現は私を悲しませます。

わたしは、この監獄からどのようにして自由を得るのでしょうか?

 

さて、今度の日曜にはこの監獄の囚人である私を、みんなで救い出せるものかどうか、

いっしょにチャレンジしましょう。

内藤

みなみ子どもの家づくり 平成30年5月22日(火)家づくり記録 新しい社会を開く第一歩について。

みなみ子どもの家づくり

平成30年5月22日(火)家づくり記録

新しい社会を開く第一歩について。

 

今日の参加者

 

小学生 12名

中学生 2名

高校生 0名

保護者 7名

ボランティア 1名

私を入れて計 23名でした。

 

食事内容は

お好み焼き、焼きそば、たこ焼き、クリームシチュー、サラダ、おやつ、フルーツでした。

 

今日は、中学生と、新しい産業のあり方、働き方をいっしょに考えてみました。

衣食住という必要最小限のものがすべての人間に行き渡るように、新しい組織のあり方と人間の働き方を、日曜学校でいっしょに考えてみないかと言うことです。

迫害、暴力を受けているもの、貧困のものを救える住居、シェルターとして学校で住めるようにし、各飲食業のものが一日は無料で受難者に食事提供し、企業に衣類および助成をネットワークし、新しい社会、人類が心理的には心を一つに出来る社会をつくる能力、そして自分自身を無条件の自由にする能力を子どもたちと苦悩する若者たちとで分かち合える学校を生徒と親と教師とでつくりたいと言うことを話してみました。

「この社会を変えたいんや。そのチームをいっしょにつくらへんか。」と言ったら、眼を輝かせて聞いてくれていました。

 

どうか、興味や助言のある方は、毎週日曜日に日曜学校を開いています。

午後1時から3時まで、火曜日は4時から7時まで子ども食堂です。

 

みなみ子どもの家づくり

内藤

05/16 日曜学校について。【暴力から直に学ぶことについて】

05/16

日曜学校について。

【暴力から直に学ぶことについて】

 

日曜学校の一部を紹介しておきます。

 

これは教師が受ける教育についてです。

 

教師や親は、暴力に直面させられるでしょう。

例えば、けんかです。

 

危険を回避しますね。

それは危険回避法規にしたがったものではなく、

柔軟性を持った自然な抱きかかえです。

それは、より興奮している側を抱きかかえるなどです。

すると、肌で心臓の鼓動を感じます。

直接に知覚している暴力そのものです。

 

もちろん、教師や親よりも小さな子です。

では大きな子なら、、、

それは、その環境を抱きかかえるのです。

 

これは教師が受けるべき、親が受けるべき、

教育です。

暴力の一部に暴力を直に学ぶのです。

 

開き始め、

見え始めます。

暴力の理解により、

暴力の扉が開くかも知れません。

 

それは、法規、規定、ルールにより武装努力されてきた断片化した戦争への道です。

スポーツも武道も国の制度も軍備も、暴力から直接学び、暴力の真理を遮断しています。

 

暴力の真理と断絶している私たちは、

殺し合いと戦争とが避けられない悲しみです。

 

クリシュナムルティは、これが見えることが行為だと言っていますね。

 

クリシュナムルティが言うからではなく、

これは私とあなたとで直接体験できますね。

 

この暴力そのものから直に学ぶことが、

この日曜学校の一部です。

これは教師が受ける教育の一部です。

 

興味ある親や教師の方は、

いっしょに小さな学校を私たちでつくっていきましょう。

 

みなみ子どもの家づくり

内藤

みなみ子どもの家づくり 平成30年5月8日(火)家づくり記録

みなみ子どもの家づくり

平成30年5月8日(火)家づくり記録

 

今日の参加者

 

小学生 10名

中学生 0名

高校生 0名

保護者 6名

ボランティア 1名

私を入れて計 17名でした。

雨のためか、中高生は来ませんでした。

 

食事内容は

お好み焼き、焼きそば、たこ焼き、クリームシチュー、サラダ、おやつでした。

 

今日は、これから、毎週日曜日に開きます、

日曜学校について、少しばかり説明します。

 

まだ、参加者はいません。

参加くださる方といっしょに、

自分自身を自由にする能力をもたらす学校づくりをしていきたいと思います。

 

方向性は持たせません。

ですから、参加くださる方と共に考え、共につくっていきたいです。

 

お待ちしています。

みなみ子どもの家づくり

内藤